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1042/ 関門トンネル人道

~2015/12/31~01/03新年家族福岡旅行(4)~

2016/01/01(金)

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門司港駅。
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門司港駅
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門司港駅。

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旧門司三井倶楽部。
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”旧門司三井倶楽部”について:
「1921年(大正10年)に三井物産門司支店の社交クラブとして建築。
1949年(昭和24年)から国鉄の所有となり、「門鉄会館」として利用された。
1987年(昭和62年)国鉄清算事業団に移管、その後北九州市に無償譲渡。
1990年(平成2年)3月19日重要文化財指定(本館及び付属屋)。
2007年(平成19年)11月30日には、近代化産業遺産に認定された。

本館は木造2階建で、アインシュタインが1922年(大正11年)に宿泊した2階
の部屋が当時の状態で「アインシュタインメモリアルルーム」として展示されている。
また、門司区小森江が出生地とされる林芙美子にちなみ、林芙美子資料室(2階)がある。
1階にはレストラン「三井倶楽部」がある。」

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旧門司三井倶楽部。
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関門橋。(門司側から)
「関門橋は、山口県下関市と福岡県北九州市門司区の間の関門海峡を跨ぐ道路橋。
1973年に開通。橋長1068m、最大支間長712m、路面幅26m、海面上141m(主塔)。」
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関門トンネル人道入り口。(門司側)
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関門トンネル人道:
「1958年に21年の年月をかけて完成した、下関と門司をつなぐ関門トンネル。
エレベーターで地下約50mまで降りると、約780mの人道トンネルがあり、
本州と九州を約15分歩いて横断できる人道トンネル。」

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関門トンネル人道入り口(門司側)。(エレベーター扉、右は人、左は自転車。)
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関門トンネル人道(門司側)。(エレベーターで地下約50mまで降りる所)
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関門トンネル人道(門司側)。
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関門トンネル人道(門司側)。
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関門トンネル人道(福岡県と山口県の境線)。
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下関市と北九州市の市境線。
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関門トンネル人道(下関側)。
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関門トンネル人道(下関側)。

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関門トンネル人道(下関側)。
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エレベーターで上に地上に上がりました。
関門トンネル人道入り口。(下関側)
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関門トンネル人道入り口の前の案内板。(下関側)
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関門燧道建設の碑。
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関門燧道建設の碑(原文):
「 建設大臣 根元龍太郎
関門海峡早鞆の瀬戸はその幅僅か700メートルに過ぎないが瀬戸内海の
咽喉元部に位置するため潮の流れが速く本州と九州との隔たりを一層遠い
ものにしていた

これを海底燧道によって直接結ぶことは国民の久しく念願していたところで
あって自動車交通の発達に伴い道路隋道の早かなる開通が望まれること
切なるものがあった

昭和の初年国道ともってこれを結ぶことが企画され昭和14年先ず試掘燧道
を完成し引き続いて同年から十箇年継続事業として本隋道に着工した

たまたま第二次世界大戦に際会し工事は困難を極めたが昭和19年12月
前線の導抗を貫通した

しかるに同20年6,7月相次ぐ戦火を蒙り工事は一時休止するのやむなきに
至り工事再開の目途の立たないまま6年間の維持工事を行うに止まった

昭和27年に到って道路整備特別措置法による有料道路として工事を再開し
同33年3月9日開通の運びとなったものである

着工以来実に20有1年我が国土木技術の粋と人の和によって築かれた
画期的大事業であってその間建設に従事した者450万人職に殉じたもの53人 
総工事費57億円の多きに達している

かくてここに国民の久しい間の夢が実現したのであるがこの隧道の開通に
よりさきに完成した鉄道隋道と相まって本州と九州との結びつきが一層緊密
となり日本民族の反映に寄与するところ極めて大なるものがあると信ずる 
ここに関門隋道の竣功にあたり建設の碑を建てる

昭和33年3月 」


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関門橋。(下関側から)
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みもすそ川公園。
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みもすそ川公園。
「源平合戦の最後の舞台となった壇ノ浦に面し、国道9号と関門海峡に
挟まれて立地する。」
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平知盛像。
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義経像。
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安徳帝御入水之処。(碑文)
「今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは」。
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馬関開港百年記念碑。
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長州砲のレプリカ。
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みもすそ川公園をひと通り見学した後、再び(下関側)関門トンネル人道
を通って、門司港へ戻りました。

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関門トンネル人道(下関側)。
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関門トンネル人道(下関側)。
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関門トンネル人道(山口県と福岡県の境線)。
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関門トンネル人道(門司側)。

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関門トンネル人道入り口(門司側)。
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~つづく














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by k_ogane | 2016-01-27 01:04 | 旅に出る
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