868/ 長崎原爆落下地

~2014/09/29~10/01長崎の旅(9)~

2014/10/01(水・晴れ)

軍艦島を見学後、大浦海岸通りのファミリーレストランで昼食を
とりました。その後、路電で平和公園にきました。

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原爆落下中心地(爆心地):
「昭和20年(1945)8月9日11時2分。アメリカのB29爆撃機から
投下された原子爆弾は松山町171番地の上空約500mで炸裂
しました。」
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「現在、その地には落下中心地標柱として昭和43年(1968)に建立
された黒御影石の碑が立てられており、園内には被爆当時の地層も
残されていますが、そこには原爆によって壊された家の瓦やレンガ、
3000度の熱で焼けたガラスなどが今も大量に埋没しています。」

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「原爆殉難者名奉安」碑

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浦上天主堂遺壁

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浦上天主堂遺壁:
「爆心地から北東へ約500mの小高い丘にあった浦上天主堂は、
1895年(明治28年)から建築に着手し、信徒たちの献金と労働奉仕
により、1914年(大正3年)に献堂式を挙げるにいたった。 そして、
1925年(大正14年)に正面の双塔が完成し、大小の鐘が吊された。
東洋一の壮大さを誇った天主堂であったが、1945年(昭和20年)
8月9日、午前11時2分、原子爆弾のさく裂により破壊され、わずかに
まわりの壁を残すのみとなった。 この側壁は聖堂の南側の一部で、
1958年(昭和33年)に新しい天主堂建設のためこの地に移築された
ものであり、壁上の石像はザベリオと使徒である。 しかし、風雨に
さらされて傷みが進んだため、安全性を考慮して現在の形状のまま
内部及び表面の補強を行った。」

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平和案内人
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平和案内人
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「原爆の爆風により、爆心地周辺のほとんどの樹木は倒れ焼き尽された
ことから70年は草木も生えないだろうという“70年不毛説”が流れましたが、
1ヶ月後には約30種類の植物が芽吹きました。この爆心地周辺も今では
すっかり緑に囲まれ、かつての惨状を思い浮かべるとその逞しい復興の力
を感じることができます。」
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「公園の周囲にも約500本の桜の木が植えられ、桜の季節は花見の地、
また日頃から緑に囲まれた憩いの空間として親しまれています。」

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爆心地「母子像」 (原爆落下日:1945/8/9 11:02)
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戦争を起こすのは政治家。
犠牲になったのは一般の市民、政治家は死なない。
真の政治家は戦争を起こさないです。
どんな紛争があっても、戦争は絶対に起こしてはいけない。

~つづく















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by k_ogane | 2014-11-07 01:32 | 旅に出る