IE9ピン留め
無情家族
2012/01/12(水・晴れ)

今日の午前、近所のおばあちゃん(80代)の家へ行って、おばあちゃんの「年賀状
の代筆」をしました。 おばあちゃんの家は、家の隣りの隣りです。 毎日ほとんど顔を
合わせるほど親しい近隣です。

昨日の夕方、犬散歩の帰りにおばあちゃんと会った時、おばあちゃんが「お正月に
もらった年賀状の返事を書きたいので、白内障でメガネをかけても、文字が見づらく、
字が書けない。 ことえにお願い代筆してもらってもよろしいでしょうか。」と話しを
しました。



おばあちゃんの家の敷地は約150坪の広さ、お息子さん夫婦(60代)とは同じ敷地
内、別々の建物に住んでいます。
親子なのに、日常の生活はほとんどお互いに干渉しない。 まるで他人みたいの関係。
とても信じられません。



お正月や敬老の日や誕生日など、息子夫婦との団欒の食事、一年内一度もありません。
「家の照明器具が壊れた、息子さんに取替えしてもらって、その後、取り換え料金を息子
に支払いました。」と聞いた、耳が凝っていました。
何故、自分の親にこんなに冷たいの、と憤りを感じます。



おばあちゃんが老眼と乱視のメガネを新しく作りたいと言ってます。
今までおばあちゃんはいつも地元の眼科で目を検査して、そのまま眼科が経営する
メガネ店でメガネを作りました。 そのメガネはなんど5万円でした。
値段はあまり高すぎと驚きました。

今度、おばあちゃんを連れて、値段が合理的なメガネ店へ新しいメガネを作ると
約束をしました。 寂しい思いがいっぱいの今日の出来事でした。















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# by k_ogane | 2012-01-11 23:59 | 日常
四国の旅11~祖谷のかずら橋
2011/12/16(金・晴雨雪)~おわり篇

”大歩危峡”の後、旅最後の散策地「祖谷の蔓橋」に来ました。 途中、雪が激しく
降り、 ”祖谷山村”に到着後も雪が降り続きました。

徳島県三好市西祖谷山村にある 平家一族の哀話を秘める、秘境“祖谷かずら橋”。
橋は重さ約5トンのシラクチカズラで作られたもので、長さ45m、幅2m、水面上14m。
日本三奇橋の一つであり、3年毎に架替えが行われるそうです。
(国指定 重要有形民俗文化財)



バス駐車場から祖谷かずら橋へ行く山道。 雪雨が降っていて、観光客が散々と
していた、ほとんどのおみやげ店が閉まっていました。



祖谷川に架かる”いやけいおおはし”(祖谷渓大橋)を渡り、祖谷かずら橋が
見えてきました



いやけいおおはしから見た祖谷かずら橋。 この橋を渡るの? とビビってきました。



ズームで橋を撮りました。 かなりボロボロな橋です。

資料では、祖谷かずら橋は大正時代に一度、ワイヤーを使った吊り橋に架け替えられ
たが、1928年地域振興目的でかずら橋が復活された。 ただし安全のためワイヤーに
よる補強は現在も行われている。 1970年に国鉄のディスカバー・ジャパンキャンペーン
で登場したことで、一躍知名度が広がります。

・ ディスカバー・ジャパン(DISCOVER JAPAN)、日本国有鉄道(国鉄)が個人旅行客
の増大を目的に1970年から始めたキャンペーン。 個人旅行の拡大や女性旅行者の
増加などの社会情勢の変化とマッチし、キャンペーンとしては成功したとみなされて
いる。 キャンペーンの副題は「美しい日本と私」。



この階段を上って、祖谷かずら橋の入り口です。




橋を渡るは有料です(500円)。 添乗員はチケットをみんなに配りました。
橋のボロさを見るだけで、渡ることをあきらめた人が何人がいました。



私が橋を渡りました、一歩踏み出すとギシギシと橋がゆれて、ほんとうに怖かった。
橋を渡るだけで精いっぱい、写真を撮る余裕が出来ませんでした。



渡った後、帰りの道からからず橋をもう一回記念写真を撮りました。

調べで、祖谷地域のかずら橋は、古文書によると、かって7ないし13の橋が存在した
とされる。 最古のものは、1646年の「阿波国図」にかずら橋が7つ存在したと記録されて
いる。 また1657年「阿波国海陸度之の帳の写」の祖谷紀行には13のかずら橋があったと
される。 かなり古い時代からありました。



祖谷かずら橋の散策後、いよいよ旅のおわり、バスは徳島阿波おどり空港へ
向かいました。

初めての四国、3日間四国四県の代表的な名勝を散策し、見て食べて感じて感動して、
楽しい思い出がいっぱい詰まっていました。 2011年を締めくくる素晴らしい旅でした。

~おわり。















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# by k_ogane | 2012-01-01 03:42 | 旅に出る
四国の旅10~大歩危峡
2011/12/16(金・晴雨雪)

桂浜を散策後、高知駅前の「龍馬ふるさと博」を見学に行きました。
「龍馬ふるさと博」はNHKの大河ドラマ「龍馬伝」、撮影で使われた龍馬の生家
セットを再現しました。 ひとたび足をふみ入れれば、幕末の世界へのタイムスリップ。
また、幕末志士ゆかりの地も紹介されています。 見ててたいへん勉強になりました。
(展示期間、2011/3/5~2012/3/31の一年間です。)

「龍馬ふるさと博」を見学後、徳島県吉野川中流域にある「大歩危」へ向かいました。
大歩危は、吉野川中流域に位置する渓谷です。 剣山国定公園の一部でもあり。

昼は「大歩危まんなか」で食事をしました。 午前晴れ晴れの天気が、一気に寒くなり、
着いた時、吹雪が降っていました。


食堂の窓から、下の遊覧船を眺めました。




大歩危峡は名前の通り、ぼけ(崖)道で大股で歩くと危ない場所であり、断崖の渓谷美と
険しい秘境が四国の景勝地として知られています。



今日は時間が限られたので、遊覧船に乗りませんでした。 食事後、渓谷の遊覧船乗り場へ
見物に行きました。



川の激流の流れは時々勢い、遊覧船に乗る時、「救命胴衣」の着用は必要です。
着用しないと、乗船が出来ません。



乗船場への通路、生々しい巨大な積石、ちょっとの揺れで、積石が崩れ落ちそう。



延々とした積石、その間”大歩危まんなか湯宿”が建てられた。
”大歩危まんなか湯宿”は明治中期から続く旅館で、現在の建物は3代目、
築23年だったそうです。



下に降りました。 上を見上げて、崖に沿って数十本の石柱で支えられた”大歩危まんな”。
見るだけで何だか危なそう。



乗船場に来ました。 渓流の幅はそんなに広くありません、両側に険しい岩石。



吉野川の大歩危セクションは、日本一の激流と言われている。
また、大歩危峡の遊覧船は百年以上の歴史があるそうです。
夏には多くのラフティング・カヤック愛好者を集めている。



吹雪が吹いていました、とても寒かった。
3日間の旅、最後の日の大歩危は雪になりました。



悪天気時、スタッフが待機する岩小屋。



資料では、大歩危の岩は変成岩類で構成されている。砂質片岩および黒色片岩を主体とし、
川沿いは砂質片岩が多く露出している。



吉野川のエメラルドグリーン、きらきらと透き通った川の水。
寒い雪雨が降っていたが、雪雨中の美しい風景が思い出に刻みました。




「吉野川増水時最高水位」と書かれた”大歩危まんなか”館内の階段。



~つづく















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# by k_ogane | 2011-12-31 02:56 | 旅に出る
四国の旅9~桂浜
2011/12/16(金・晴雨雪)

・3日目の行程
土佐よさこい温泉(am8:30)=桂浜=龍馬ふるさと博=大歩危峡=祖谷渓かずら橋
=吉野川SA=徳島阿波おどり空港(pm17:30)=羽田空港(pm18:30)。

朝8:30に、ホテルから出発。 最初の散策地は「桂浜」でした。 桂浜、雄大な太平洋
に面した景勝地、月の名所として名高く、都市公園として整備されている。



竜頭岬に、太平洋を望んで立つ坂本龍馬の銅像が建てられた。 桂浜のシンボルです。
銅像の高さは5.3m、昭和3年5月27日に、除幕式を行いました。



桂浜の砂浜は「カケアガリ」となっている上、潮流が速いため遊泳は禁止されています。
浜の美しさが「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に選ばれている 。



白砂青松の桂浜、月の名所の桂浜。



みよやみよ みな月のみの桂浜 海のおもよりいづる月かげ (歌人・大町桂月)

桂浜公園には”大町桂月”記念碑があり、その説明板に、「大町桂月(1869~1925)は
高知市出身。雅号の桂月は月の名所桂浜に因み、桂浜月下漁郎を縮めたもの。桂月は終世、
酒と旅を愛した。”見よや見よ、みな月のみの、かつら浜、海のおもより、いづる月かげ”
は大正7年の作」と記してあります。



弓形の砂浜の両端、
北東端に上竜頭岬、坂本龍馬の銅像が建てられている。
南西端に下竜頭岬、”竜王宮”という鳥居が立っている。



「龍宮橋」を渡って、竜王岬にある”竜王宮”(海津見神社)へ。





石階の上に鳥居が立っている。




海津見神社。 桂浜竜王岬に鎮座し、「桂浜の竜宮様、竜王宮」と親しまれている。
海上安全、恋愛成就の神様として、信仰をあつめています。



竜王岬から降りて、海水がきらきら透き通って、ほんとうにきれい。




~つづく















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# by k_ogane | 2011-12-23 23:48 | 旅に出る
四国の旅8~土佐ロイヤルホテル
2011/12/15夜~16朝

今晩お世話になった「土佐ロイヤルホテル」をノートに書きとめたいと思います。

今回のツアーは2泊3日、散策地は四国4県の9つ名勝。 その上、
「一人一室、同料金」(¥29800)という旅行会社の思いやりプラン。
旅の時、一人一室同料金の場合は、たいていビジネスホテぐらいと承知したことである。
しかし、今晩の宿は星4つ以上でも言えるリゾートホテルでした。
手頃なツアー代金で、厚いおもてなしをいただいたこと、とても感動しました。

土佐ロイヤルホテル


広々としたロビー










3階宴会場前


夕食


和室10畳、定員4名の部屋で、一人で宿泊、恐れ入りました。 超感動しました。


一人のスニーカー。




夜、お休み前、内子で買った干し柿とホテル用意された土佐のお茶をいただき、
贅沢し過ぎる素敵な夜晩を過ごしました。 思い出を刻みました。
ありがとう、クラブツーリズムさん。 ありがとう、土佐ロイヤルホテルさん。




興奮し過ぎて、ひと晩であまり眠れなかった。
朝、部屋の窓から雄大な太平洋のパノラマビュー、「太平洋さん、お早う~~」
と心の中で大声叫びました。



線路も見えました。 太平洋と並行する高架線路、何の線路でしょうか?
調べました、線路は「土佐くろしお鉄道(窪川∼宿毛間)」です。
青い空、青い海、かわいい線路、目の前は一枚絵のようです。



朝の出発前、ホテルの外を散歩しました。



プール側の鐘、鳴らしてみたい。


敷地内のウェディングチャペル


施設のテニスコート


ツバキが満開の芝生広場




敷地内の車道


まばゆい太陽と南国の空気をいっぱい堪能しました。


小高い丘の上に建つ、青い海と緑に包まれた土佐ロイヤルリゾートホテル。
思いもよらない、素敵なホテルにめぐり合えて、ありがとうございました。
お蔭で、忘れられない思い出が一ページ増えました。



~つづく















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# by k_ogane | 2011-12-23 01:48 | 旅に出る
四国の旅7~四万十川めぐり
2011/12/15(木・晴れ)

日本最後の清流といわれる「四万十川」、これから屋形船で四万十川をめぐり、
思うと胸が高鳴り、わくわくしてきました。

川畔に、歌人”大滝貞一氏”の四万十川歌碑が建立されています。
「みずおくにすばやく はしる魚の背を透かせて 四万十は澄みわたるなり」



四万十川は、全長約196kmの長い川で、場所によって様々な風景を変えて、
太平洋へと流れ込んでいきます。



鴬の鳴き声も聞こえる四万十川の川岸、これから屋形船に乗り込み、四万十川巡りを
堪能していきます。



船はグループの参加者と一人の参加者に分かれて乗ります。
この船の乗客は、全員一人参加者でした。 みんなは旧友みたい、とても楽しく
話し合っていました。

みんなは「行ってきます~」と川岸で見送っていたスタッフに手を振りました。



緑々の山に囲まれて、穏やかな川面。 川水は冬の間でも澄んでいて、とてもきれい。



どこまでも広がる山と空、澄んだ川面がきらきらして、旅人の心を癒してくれます。



川面ですれ違いの同じツアーの屋形船。 みんなはうれしく、手を振りました。



川水は静かで神秘的で透き通って、青々としていてほんとうにきれい。



沈下橋が見えました。



沈下橋の上から四万十川を眺めるもすてき、四万十川の川面から沈下橋を眺める
も違う趣があります。



屋形船内昼食のお弁当。 地元の幸で、どのおかずも美味しかった。



船内暖房があって、暖かかった。
清流を堪能しながら、美味しい昼食を楽しんでいました。



四万十川が「日本最後の清流」とNHKで紹介されてから、観光客がたくさん増えました。
美しい川を保つため、地元が必死の努力をしてます。
「川は人間の心を映す鏡」という言葉があります、日本最後の清流 四万十川がいつまで
も”日本一美しい川”と切に願います。



~つづく















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# by k_ogane | 2011-12-22 15:34 | 旅に出る
四国の旅6~高瀬沈下橋
2011/12/15(木・晴れ)

内子を散策した後、高知県の四万十市に来ました。 「土佐国」の高知県、個人
の感情としては、好きな県です。
子供のごろ、母がよく「南国土佐を後にして」(再見南国)という日本歌を歌った
記憶がありました。 その時、「南国土佐」は高知県のことを知りませんでした。
そのお蔭で、土佐国の高知県に特別な感情が持てました。

今日の散策は高知県の「高瀬沈下橋」でした。 「沈下橋」とは、増水時に川に沈んで
しまうように設計された欄干のない橋のことです。



資料では、四万十川本流には22の沈下橋が架かっていて、四万十市内だけでも、
佐田、三里、高瀬、勝間、口屋内、岩間、長生、中半家、半家、9つの沈下橋がある。



高瀬沈下橋は1973年(昭和48)に建設しました、全長232.3m、幅3.4m。
四万十川で3番目に長い沈下橋です。



四万十川は初夏のホタル見物、夏場のキャンプなど、たくさんの観光客で賑わいます。
橋の中央に、車がすれ違う退避所があり、橋の幅が少し広くなっています。



欄干のない橋、よく見るとちょっと怖いです。
歩くだけでもビビります、自転車に乗るや車の運転などなおさらです。



橋上からの眺めはとても綺麗。 緑の山々に青い川面、そして欄干のない沈下橋の
風景は、四万十川らしい風景です。



若い女性が運転する車が橋を渡ろうとしていました。



ドキドキで見つめました。



車は橋に慣れたよう、減速もなく、普通のスピードで橋を渡って行きました。
見るだけで、汗が出ました。 橋上灯りもなく、夜はどうでしょうか?通行止め?



~つづく















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# by k_ogane | 2011-12-21 21:21 | 旅に出る
四国の旅5~内子
2011/12/15(木・晴れ)

・2日目行程
道後温泉出発(am8:00)=内子=宇和島物産センター=高瀬沈下橋=四方十川
(屋形船川めぐり)=ゆういんぐ物産センター=土佐よさこい温泉(ロイヤルホテル)。

一夜よく眠れました。 今回のツアーは一人の参加者は「一人一室、同料金」
でもあったので、ツインの部屋で一人の宿泊、気ままでとても快適でした。

朝8時、バスが出発。 最初の散策地は「内子」でした。
内子町は、愛媛県の南予地方に位置する町である。 藩政期には、木蝋、和紙等の生産で
栄え、白壁の町並みが残っている。 約600mの通りに約120棟の家々が連続して建ち
並び、この内約90棟が伝統的な民家。 浅黄色と白漆喰で塗り込められた重厚な大壁や
袖壁、うだつ、なまこ壁、鏝絵など建物の造形が美しい通りです。



”上芳我邸”は数多く民家の中で、代表的な一軒です。 重厚な漆喰壁と名家らしい風格
の漂う屋敷です。 今は「木蝋資料館」になっています。



「木蝋資料館」となった母屋敷、中の見学は有料です。 そとの庭園は見学無料。
時間が限られたので、中の見学はしませんでした。




庭園に赤い布を敷いたベンチがあります、情緒あふれる。



庭園からほかの屋敷を眺める。 黒白壁の建築、シンプルで美しい。



屋敷は明治時代の建物でしたが、丁寧に保存されたので古くて新しいと感じます。
浅黄色の外壁に白漆喰の格子模様が特徴だそうです。



庭園の真ん中、一本の柿樹、葉っぱが全部落ちましたが、鮮やかな実がたくさん
ついてます。 冬の柿樹らしい風景。



庭園の紅葉まだいっぱい残ってます。 冬に秋の紅葉をまだ堪能できることは、
ほんとうに幸せ。



紅葉と白壁の相映、品のある美しい。



通りを散策しながら、変わった家並みを観ます。
この家の壁に「龍」字がある、何の気持ちで作ったのでしょうか?想像だけで面白い。



この家の2階窓、形も芸術的。 昔の人々は現代人より智恵と感じます。
便利なものがなかった時代、物づくりは自然環境と調和していました。



江戸時代から続くこの町並みは、時を越えて現代にまで残り、訪れる人々に
懐かしい気持ちを呼び起こしてくれます。



この家の2階屋根縁側に、大きなスズメバチの巣がありました。



ズームで撮ると、かなり大きな巣です。 場所も目立ちます。
中の住人は気付かないはずがない、故意で蜂の巣を残す?



この無人販売店、とてもかわいい。 右の「お金入れの竹穴」はお気にいりでした。



民家の縁側に干し柿の風景。 とても好きです。



~つづく















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# by k_ogane | 2011-12-21 18:47 | 旅に出る
四国の旅4~道後温泉
2011/12/14(水・晴れ)

夕方、1日目の宿泊地愛媛県の松山市に到着しました。 今晩は道後温泉街に泊まる。
今日一日、さいたま、東京羽田、徳島、香川、愛媛、1都4県と飛び回った。
旅という非日常なスケジュール、普通の一日とは違い、時間が倍に長く感じます。

今晩の宿はホテルルナパークでした。 夕食後、ホテル内の温泉風呂に入った後、
夜の道後温泉街に出ました。

道後温泉


道後温泉は、3000年もの歴史を持つ日本最古の温泉だそうです。 ”日本三古湯の一”
といわれる。 建物は、映画監督宮崎駿の「千と千尋の神隠し」に描かれている「油屋」
のモデルにもなっているようです。



道後温泉は「千と千尋の神隠し」のほか、夏目漱石の「坊ちゃん」でも有名でした。
資料では、館内に”神の湯”と”霊の湯”という二つの浴室と、皇族専用の”又新殿”
がある。 表の看板は昭和20年代のものでした。 温泉の歴史は古く、聖徳太子も入浴
したとされている。 すごい温泉だなぁとしみじみ感じます。



上にあるのは、「振鷺閣」という建物。 中には太鼓がある、朝6時、正午、午後6時に
打ち鳴らされるそうです。 頂上に白い鷺が北を向いている。



お菓子屋前の浴衣姿のモニュメント、温泉街に似合います。



道後温泉駅まで歩いてきました。 古い洋風建築駅舎に一目で惹かれました。
資料では道後温泉駅は1911年(明治44年)建築の旧駅舎が、明治洋風建築
そのままの外観で復元されており、周辺の景観形成に寄与している。 素敵な駅舎です。



駅広場のからくり時計。 道後温泉本館百周年を記念して作られたそうです。




駅前の商店街「道後ハイカラ通り」。




夜7時半を過ぎたので、ほとんどの商店が閉店しました。



ハイカラ通りに人がガラガラでした。




この和風雑貨屋が開いてますので、中に入っておみやげの小物を買いました。
店前に「夢をさがして、道後浪漫」。 今の心情とは ぴったりでした。



可愛い「湯かご」店を見つけました。 店側の竹のペンチ、とても良い感じ。




正直で私は「湯かご」の使い方がよく分からないです。 ただのタオル入れですか?
自分の宿泊ホテルの入口側、宿泊客が自由に使う「湯かご」がたくさん置いてます。
私はホテル内の温泉で十分、道後温泉(有料)へ行きませんでした。




通りのソフトクリーム屋がまだ営業しています。
愛媛だから、本命のみかんソフトクリームを買いました。(¥300)
寒い冬の夜、道後温泉ハイカラ通りでみかんソフトクリームを食べたこと、
きっと忘れられない思い出に違いない。



夜の道後温泉街を散歩後、宿泊のホテルルナパークに戻りました。



ホテルの夕食でした。(pm18:30)



~つづく















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# by k_ogane | 2011-12-20 23:32 | 旅に出る
四国の旅3~金刀比羅宮
2011/12/14(水・晴れ)

鳴門公園のあと、隣県の香川県琴平町に来ました。 午後の散策は琴平町にある
金刀比羅宮です。 ”琴平町”、何となく愛着のある名まえ。
金刀比羅宮は、琴平町の象頭山中腹に鎮座する神社。 「こんぴらさん」と呼ばれて
親しまれております。




参道口から御本宮までは785段、奥社までは1368段と、長く続く参道の石段が有名。
時間が限られたので、今日の散策は785段までの金刀比羅宮でした。



金刀比羅宮は 「海上交通の守り神」 として信仰されており。 現在も漁師、船員など
海事関係者の崇敬を集め、海上自衛隊の掃海殉職者慰霊祭も毎年、金刀比羅宮で
開かれるそうです。



785段の階段を登るのは、想像よりきつくなかった。 10数段階段毎に平台がある
ので、これによって登りやすくなりました。




大きな傘を広げた、古風な姿で参拝客を迎える「五人百姓」という飴屋さん、
境内での営業を唯一許された由緒あるお店そうです。
道沿いに丁寧に並び、座っている。 古風で品格すら感じさせてくれた。
「加美代飴」というのを売られていた。



「しあわせさん・こんぴらさん」。 境内案内の健歩おじいさんは80才です。
おじいさんの後ろについて歩いて、元気があふれる。



寄付金の石碑がずっらりと並んでます。
寄付は善徳ですが、見世物としては好きではありません。 景観破壊です。
善徳を讃え方法、もっと良い方法があるはずと思います。



「金壹封」 という額はいくらですか?と案内のおじいさんに聞きました。
「500万円」と教えてくれました。



いよいよ最終の階段。 下に目標となる 「百度石」 という石柱が立てられている。




785段目に到着しました、御本宮の金刀比羅宮です。 山上の霊気で、体全体が清々しい。



おじいさんが帽子をとって、深く一礼。 私も深く一礼をしました。
憧れの金刀比羅宮に来て、恵みを感謝いたします。



敷地から眺めるのどかな山々と讃岐平野、風景が素晴らしい。
遠くに瀬戸内海、瀬戸大橋も微かに望むことができる。



おじいさんと 「一期一会」 の記念写真。 ありがとう、おじいさん。



境内では、神様がお乗りになるための馬 「神馬」 を飼養しています。



石階段下の眺め。




階段から御宮の建物を望みます。



莊嚴とした中の風景、見るだけで、気持ちが凛とします。



~つづく















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# by k_ogane | 2011-12-20 11:22 | 旅に出る
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